[詩学講座]【詩学基礎編】第2講 詩の発生と変容~ヨーロッパ~
1. 先史世界に探る詩的行為と詩性
考古学・人類学資料に、太古・前史世界の詩的行為と詩性を探る
(詩性=世界の感性的認識、直覚感受、自然世界との交感、世界の拡大...)
(先史=紀元前3200年頃のエジプトの歴史記録以前)
旧石器時代=ホモ・ハビリス、狩猟・遊牧。
中石器時代=ホモ・サピエンス、初歩的な言語~
新人、埋葬や原始的な音楽~
ヨーロッパでネアンデルタール人のムスティエ文化。
後期旧石器時代=フランス・ヴェゼール渓谷で人類最古の絵画である壁画、
ヨーロッパにオーリニャック文化。
新石器時代=村落・農耕、巨石建造物、メソポタミア北域で農耕。
鉄器時代=信仰や芸術の発展など文明の大きな革新、
世界各地で文字のはじまり、地域的な有史時代へ。
先史時代と有史時代との間には神話や伝承など口述記録が伝える「原史時代」「中間時代」も。
上記、先史の年代ごとに詳細解説。
[*図版]上記に関連する壁画と種々の古代文字。
【先史時代】——文字以前〜文字・宗教・芸術のはじまり
・埋葬と原始的な音楽
約4万年前頃に新人、埋葬や原始的な音楽のはじまり。
・人類最古の絵画「洞窟壁画」
約3万年前のフランス・ヴェゼール渓谷「ラスコー洞窟」の壁画。
(フランス「ラスコー洞窟」、スペイン「アルタミラ洞窟」が最古)。
さまざまな色の土を顔料に使って描かれ、祭祀などに使われたものといわれる。
・「生活の方便としての芸術」(*『芸術の歴史』アーノルド・ハウザー、1953)
旧石器時代の壁画にみる芸術は、狩猟の手段・方法の伝達・記録など実用目的。
生産以前、宗教以前、自然崇拝以前。狩猟物の模写=支配。
また、描いた獣を殺せば現実になるといった呪術的行為も、象徴などではなく実用行為。
しかし、壁に描くという行為から
「芸術のそもそもの前提といわれている二つの根本概念、
すなわち一方における類似と模倣の観念と、他方における〈創り出す、無から生産する〉という観念、
そもそも創造が可能であるとする観念とは、魔法以前の時代、もろもろの実験や発見が行われた時代にすでに出来上がっていたものであろう。
洞窟絵画とならんで各所で発見されている手形〔…〕これこそはおそらく、形成——ギリシア語におけるいわゆるポイエイン poiein ——
という観念を初めて人類の意識にのぼせ、生命なきもの・人工的なものも、生命あるもの・現実世界のものと
全く類似した存在でありうるという考え方を、初めて人類に吹き込んだのであろう」。
・「魔法とアニミズム」(*前掲書)
新石器時代、農耕・牧畜文化とともに、狩猟の魔法・呪術の代わりに宗教的な儀式・習慣がはじまる。
自分の存在が、天候の良否、疫病や旱ばつ、作物や家畜の出来に依存していることが意識され、運命や神々の力を感じはじめる。
「善良で恵みを授けてくれたり、あるいは反対に意地悪で呪いをかけたりする
さまざまの悪霊や精霊についての観念や、窺い知ることのできぬ神秘的なもの、
絶大の権力をもった不気味なもの、人間ばなれのした絶対的なものについての
観念が生じてきた。かくして世界は二つに分かれ、人間は自分自身をも分裂した存在と見なすようになる。
文化はこうしてアニミズム、精霊崇拝、霊魂信仰および死者礼拝の段階に達する」。
「信仰や祭儀の発生とともに、偶像、護符、まじない、捧げ物、副葬品、
墓碑などが必要になってきた。こうして、宗教芸術と世俗芸術〔…〕とが生まれた」。
「アニミズムの立場からいえば、世界は、現実世界と超現実世界、目に見える現象界と目に見えない精霊界、
死すべき運命をもった肉体と不死の霊魂とに分かれる。〔…〕具体的な像や形に代って、象徴や謎めいた記号〔…〕
芸術作品は、もはやただの対象をかたどるだけのものではなくて思惟の産物でもあり、記憶に訴えるだけでなくて想像力にも訴えるものになった」。
「宗教」は、このような原始宗教、アニミズム、シャーマニズムのような自然崇拝から多神教、一神教へと進化してく。
*ここに、自然とヒト(精神)の分化に伴う
「詩性」のありようをみることができないか。
自身に対する他者への意識、不可視の存在への想像力。
2. ヨーロッパにおける詩の発生
【古代オリエント——エジプト】
・文字の誕生(*下記『人間の詩学』木原孝一、1974より)
原シュメール絵画文字(紀元前3000年以上)→
シュメール楔形文字(紀元前3000年)→
「1952年に刊行された古代オリエント学者画スター教授の『世界最古の物語』は
たいへん興味深い書物である。これらの物語は、すべて焼かれた粘土板のうえに楔形文字で書かれ、
紀元前七世紀にメソポタミアを統治していたアッシュルバニパル王の書庫に眠っていた」。
「もろもろの天は神の栄光を告げ また大空は御手のわざを示す」(詩篇1.91)
「たれが己れのあやまちを知るや われをかくれたる咎より解きたまえ」(詩篇19.12)
「空と呼ばれるものの 上にない時 また地なる名のものの 下にない時」(第1の書板1.2)
*こうした古代「詩篇」は、自然世界への畏怖と崇敬という「詩性」による文学といえるのではないかないか。
・原始生産から商業、手工業へ(*以下前掲書)
有史時代に入り、商業、手工業へと生活様式が変化。
「精霊や神々や人間の像、装飾付きの器具や装身具などを作るという仕事は、
家内作業の枠をはみ出して、それだけで生計を立てる専門家の手に移った〔…〕鍛冶屋や靴職人と違わなかった」。
「エジプトの芸術作品を見ると、それ以前の芸術に見られたような天才的ないしはディレッタント的な自由奔放さは姿を消して、
職人的な手堅さ〔…〕が特に目立つが、これは芸術家が専門的な職業と化したことの結果〔…〕」。
以降、芸術家の仕事場・養成所は専ら寺院と宮殿となる。
【古代ギリシア・ローマ】
・遺跡壁画
古代エジプト・古代ギリシア・古代ローマの住居跡などの壁画について。
・「宗教共同体芸術の段階」という解釈(*前掲書、以下同)
「あらゆる原始時代の文学と同じく、先史時代におけるギリシアの文学もまた、
呪文や神託、祝福や祈願のための型にはまった文章、軍歌や労働歌であったと思われる。〔…〕
それらがみな宗教的な意味を持った集団文学であったということである」。
・「集団文学」から「英雄詩」へ
紀元前12世紀のアカイア王や貴族たち(盗賊)〜民主制へ
「歴史のかかる発展に対応して、英雄時代の文学は、もはや民族文学、集団文学、集団抒情詩、合唱隊用抒情詩としての性格を失い、
個人的な作者が個人的な運命をうたうものになった。〔…〕文学の使命は〔…〕名前をあげてその功をたたえ、その名誉を顕彰しかつ
これを後世に伝えることが文学の目的とされるようになった」。
・「叙事詩」と詩人
「英雄詩は、逃避者たちによってその新しい故郷たるイオニアに持ち込まれ、
こうして異民族の真只中、異種文化の影響のもとに、三百年の歳月を費やしたホメロスの叙事詩が誕生するのであった」。
「ホメロス伝説は、詩人についての神話、詩人というものがいまだに半神と考えられ、奇跡の能力を持った預言者として扱われている
あの神話の内容をほとんどそのまま受け継いでいる。
そのような詩人の最もいちじるしい例であるところのオルフェウスは、アポロンの竪琴を持ち、ムサイ(美の女神)自身から歌の手ほどきを受け、
人間や獣ばかりではなく、樹々や石ころをさえ感激させることができ、
妻エウリュディケを、音楽の力によって死の国から連れもどしたと言われている」。
・神話と宗教
「神話 mythology は、人類が認識する自然物や自然現象、または民族や文化・文明などさまざまな事象を、
世界が始まった時代における神など超自然的・形而上的な存在や文化英雄などとむすびつけた一回限りの出来事として説明する物語であり、
諸事象の起源や存在理由を語る説話でもある」。(Wikipedia)
「ギリシア神話は、古代ギリシアの諸民族に伝わった神話・伝説を中核として、様々な伝承や挿話の要素が組み込まれ累積してできあがった、
世界の始まりと、神々そして英雄たちの物語」。
*「神話」そのものに「詩性」を考察することができるのではないか。
自然世界と超自然的・形而上的な存在とヒトが未分であった時代、そこで「神話」を語ったヒトの感受・想像力のありようについて。
*参考
ヨーロッパ宗教は、ヘレニズム時代のギリシャと、古代ローマの民族史的記録、神話に源を持つ。
[2012.10.20.付記]
予定されていた「アジアにおける詩の発生」(古代インド・中央アジア/古代中国・日本)については、別講を設けることとした。
研究員・市川太郎より、先史の芸術と世界観、埋葬・壁画・狩猟〜農耕・祭祀をめぐって、バタイユおよびエリアーデによる、
『芸術の歴史』(アーノルド・ハウザー)とは別様の行為解釈についての言及。
また「祈祷そのもの」としての制作行為と、「創造・表現」としての制作行為のあり方に触れられ、
太古世界の「ポイエーシス」について別講を設け掘り下げることとした。
(間奈美子記)